今、途中からだったのですが、NHKの真剣中年しゃべり場!を、ついつい見てしまいました。
ご本をよく読んでいる勝間さんが出演されていたのもありましたが、
昔、YOUとかしゃべり場とか、若者討論番組を良く見ていたなぁ。。。と懐かしく。
中学生の多感なときも、仲間ととにかくしゃべりまくって、どろどろとまだ液体のようだった『自分』を固めていったっけなぁ、とそんなことも懐かしく。
懐かしついでに、この中年もひとこと言いたくなってしまいました。
後半の、コミュニケーションについての議論には、とても疑問がわきました。
まず、はじめにTVが用意したデータのうさんくささ。
・新入社員のコミュニケーション能力の低下に関する調査結果
・10代の携帯電話を持っている割合と使う機能の調査結果
なぜ、「コミュニケーション能力」の話をするのに、まず「ケータイ」のデータが出てくるのでしょうね。
こういうことについて、10代の頃のわたしは「大人ってずるい」って評価してました。
大人になった今は、こんな方便いくらでも使いますが、与える影響をよくよく考えて使って欲しい。
なぜかというと、TVにでかでかと映った二つのグラフは、
コミュニケーション能力の低下とケータイ(特にメール)との関連を
視覚的に印象付けてしまったと同時に、後の議論の方向をおかしくしていたと思うからです。
もし、わたしがあの場にいたら言いたかったことは、
・ケータイはコミュニケーションツールの一つ
・わたしの考えるコミュニケーション能力の基本は、触れる・感じる・聞く・話す・読む・書く
そこから、思いやる・伝える・受け止めるへとステップアップ
・それができるかできないか、また、TPOにあった適切なツールを使って、
どのようにするか、が、能力の話
だったと思います。
中年以上は、ケータイを知る前に、自分や周囲のコミュニケーションの文化をもう決めちゃっているわけで、
そもそもケータイやメール等を使う場合のコミュニケーション能力が高くないわけです。
(これが文法的にあっていると思うのだけど。)
だから、あんなふうなずるいやり方をしないで、どうして正直に
『僕たちは良く知らないんだ。教えてくれないか』
と聞くことかできないのかしら。
そうやって、知らないこと、分からないことを聞くことは、コミュニケーションの基本であって、
それが今その場でできていない大人たちに、
どうして『若者のコミュニケーション能力が低下している』こと前提で話されなきゃいけないんでしょうね。
若者側からの「単なるツールのひとつ」という声は、声の大きなおじさんに負けちゃってないかなぁ。心配。
ほんと、大人ってずるい。TVって怖い。くわばらくわばら。
(TVの方が"現代"のコミュニケーション能力の低下とやらに一役買っていると、
わたしなんかは思うのだけど、それはまた別の話)
でも、番組を見ながら、「聞く」ってやっぱり大事なことで、気をつけなきゃいけないなぁ、と自戒もあったり、
また、こうして書いてみて、わたしの書いて伝える能力もまだまだ足りないなぁ、と激しく自覚したりして。
コミュニケーション能力って、磨き甲斐がありますわね。